透析アミロイドーシスのすべて

03手根管症候群の手術

安全な内視鏡手術が開発された

前回、手根管症候群の発生機序と症状について解説いたしました。今回は手術について解説いたします。

前回の復習になりますが、手根管症候群というのは、手首の近くにある横手根靭帯にアミロイドが沈着して肥厚し、正中神経を圧迫することにより親指から薬指の領域のしびれが発生する病態です。

手術では肥厚した横手根靭帯を切開し、正中神経の圧迫を解除してやれば症状は改善します。従来より行われている手術は手掌の皮膚を切開し、直視下に横手根靭帯を切開する方法です。しかし、この手術では手掌の皮膚を縦方向に切開するため、術後手をひろげると切開創に力がかかります。術創にひっぱるような力がかかると痛みが出たり、ケロイド状になったりするので、有痛性瘢痕を形成することがあり、術後患者さんを長期間にわたって悩ますことになります。このような術後の合併症を起こすことなく、しかもしっかり横手根靭帯を切除できる手術法が内視鏡による手術です。この手術を開発した先生は東京の日赤医療センターの整形外科にいらした奥津一郎先生(現、おくつ整形外科クリニック院長)です。

手術器具を写真1に示しますが、透明な外套管、関節鏡、メス(先端に刃がある)になります。この手術のキーポイントは透明な外套管です。ものを見るときに対象物に目を密着させると何も見えないということから理解できると思いますが、内視鏡では組織とレンズをある程度離してやらないと組織を観察することができません。胃カメラでは、胃の中に空気を注入し、胃を膨らませてから組織の観察をします。泌尿器科領域では膀胱を観察する時には滅菌水を膀胱内に注入し膀胱鏡で組織を観察します。手根管の場合、文字通り管腔構造なので、気体や液体で組織を膨らませることができません。そこで手根管を拡げ、内視鏡で組織を観察できるようにするために考案されたのが、透明な外套管です。

手術は、局所麻酔薬を手根管内へ注入後、手首より3cm中枢の前腕の皮膚を2cm程、横切開します。透明な外套管を皮膚切開部より手根管内に挿入し、この外套管内に関節鏡を入れ、同一の皮膚切開部の小指側よりメスを挿入し、横手根靱帯切離操作を内視鏡で観察しながら行います(写真2)。外套管は長掌屈筋腱(親指と小指の先を合わせると前腕にうきでる腱)より小指側で挿入しますが、こうすると正中神経は外套管の親指側に位置します。メスを外套管の小指側に挿入することにより、正中神経は外套管でメスより守られ、術中の操作で正中神経が損傷されることがありません。このように内視鏡手術は低侵襲で、手術に習熟した術者が行えば、きわめて安全な手術です。進行した手根管症候群では透析中や夜間の疼痛が、しばしばみられますが、内視鏡手術を施行すると多くの例で、手術当日より疼痛が軽快することが多いようです。従来の手術では手掌の皮膚を切開するため術後の疼痛が強く、しばらく患手が自由に使えないので、関節拘縮を起こす可能性があります。

手術器具写真
写真1 手術器具(上から)外套管、関節鏡、メス(先端に刃がある)
手根管症候群の術中写真
写真2 手根管症候群の術中写真

手術をする責任の重さを痛感

私のクリニックには再発であることやシャント肢の手根管症候群であることを理由に手術をことわられて受診する例があります。従来の手術ではターニケットという器具を使用し、腕を駆血して手術することもあるようで、その場合にはシャント肢の手術が困難であるといわれたものと推察しています。内視鏡の手術ではターニケットは非シャント肢であっても使用していません。内視鏡の手術では再発であれシャント肢であれ、手術方法は初発例や非シャント肢とほとんど変わらずに施行できます。

透析患者さんの手根管症候群の原因がアミロイドの沈着であることから、再発する可能性はあります。私が初回手術をした患者さんの再発率は5%程度です。このような患者さんの再発までの平均期間は5年です。手術を受ける患者さんには20人に1人は5年程度で再発すると説明しています。そのような場合も内視鏡手術で対処しています。
最後に私がアミロイドの手術クリニックを開業するきっかけにになった患者さんの話をします。その患者さんは中年の女性の透析患者さんで手根管症候群の痛みで毎晩のように目が覚めていました。内視鏡の手術をして、抜糸に来院された時にぐっすり眠れるようになったと喜んでおられました。そして一言、「死ぬほどつらい痛みがとれ、生きていこうという前向きな気持ちになれました。」

手根管症候群の痛みというのは患者さんにとって本当につらいものだということが実感され、手術をする責任の重さを痛感しました。そしてこのような悩みを抱えている患者さんを一人でも多く手術できたらと思い、現在のクリニックを開設しました。

次回は肩の痛みについて解説いたします。

一口メモ

「手根管症候群の手術ではいつ頃からしびれや痛みがとれますか?」という質問をよく受けます。

手根管症候群の手術をする時、患者さんには下記のように説明しています。手根管症候群というのは神経の圧迫症状なので手が正座しているようなものです。手術はその正座をくずす行為と一緒です。長い間正座をしているとすぐにしびれはとれませんが、ひどいしびれは比較的短時間でとれます。正座をしている時間が長ければ長いほどしびれが完全にとれるのに時間がかかります。

手根管の手術もそれと同じで、しびれを我慢している期間が長ければ、術後しびれがなかなかとれません。しかし、夜、目が覚めるようなひどいしびれは、多くの場合、術直後より消失します。完全にしびれがとれる期間は人によって違いますが、薄紙をはぐように少しずつしびれは軽くなります。

このページの先頭へ戻る