透析アミロイドーシスのすべて

02手根管症候群の症状

手根管症候群発症の機序

透析アミロイドーシスの合併症として最初に報告されたのが手根管症候群であることは前回説明しました。今回は手根管症候群がどのような機序で発症するか説明し、症状についても説明していきたいと思います。

手根管は手根骨と横手根靭帯により形成され、内部を指屈筋腱と正中神経が走行しています。横手根靭帯は屈筋腱を束ねている靭帯ということで屈筋支帯とも呼ばれています。透析患者さんの場合、β2-microglobulin(eβ2-m)を前駆蛋白とするアミロイドが横手根靭帯に沈着し靭帯が肥厚し、正中神経を圧迫するため、手根管症候群が発症すると考えられています。正中神経は親指から薬指の半分(親指側)の領域を支配しているのでその部分のしびれや痛みという症状がでます(図1を参照)。

透析でない方の手根管症候群は女性が圧倒的に多いといわれています。しかし透析患者さんではそのような性差はなく、私が手術をした症例(2011年11月末現在、1840例)では男女ほぼ同数です。またシャント肢と非シャント肢でどちらが手根管症候群の発症が多いか比べてみましたが、これもほぼ同数でした。

透析年数が10年を超えると手根管症候群の発症頻度が増加するといわれています。糖尿病が原因で透析を導入された患者さんでは、他の原因で透析導入された方に比べ、手根管症候群の発症が早いことが知られています。糖尿病の方は透析導入されて間もない方でも、指のしびれがあるようなら手根管症候群の可能性があります。私の経験した糖尿病の患者さんは、両側手根管症候群の手術とほぼ同じ時期にシャントの造設をし、透析の導入をしました。

Phalen's testとTinel徴候

指のしびれがあるけれど手根管症候群かどうかはっきりしない時は、誘発テストが診断に役立つことがあります。よく知られているものにPhalen’stestとTinel徴候があります。Phalen’stestというのは、手関節を手のひらの方に曲げた状態を保つと、指のしびれが発生したり、ひどくなるというものです。手根管症候群の方は、手関節を屈曲することにより、手根管内の圧力が高まり、正中神経の圧迫が強くなることでしびれが誘発されるのです。よく患者さんから聞かれる訴えは、自動車の運転でハンドルを長時間握っていると、指がしびれるというものや、自転車に乗っていると指がしびれてくるというものです。Tinel徴候というのは手関節部の正中を叩くと正中神経領域に痛みがあるというものです。包丁で硬いものを切ると、親指から薬指にかけてしびれや痛みが走るという訴えが聞かれることがあります。日常生活ではしびれがなく、誘発テストでしびれがでるだけの方は手術の必要はありません。


図1 正中神経と横手根靭帯

写真 母指球の萎縮

しびれて夜明けに目が覚めれば

透析患者さんの場合、透析年数が10年以上で指のしびれがあれば、手根管症候群と診断して間違いありません。関節痛というのは、その関節を動かしている時に痛みがひどくなるということが多いのですが、手根管症候群のように神経の圧迫によって起こる関節痛は、安静時にひどくなるという特徴があります。透析の後半に指がしびれてきたり、指のしびれで夜明けに目が覚めるということがあれば、手根管症候群と診断できます。

頚椎症でも指がしびれることがありますが、頚椎は頭蓋骨を支えているので、頚椎症による手指のしびれは立っている時や座っている時にひどくなる傾向があります。頚椎症による指のしびれは、安静時にひどくなるということもありませんから、手根管症候群によるしびれとは区別がつきます。

透析アミロイドーシスというと、指のしびれる手根管症候群や指のひっかかりがみられるばね指というのはよく知られています。確かにこの二つの疾患は当院での手術件数の1、2位を占めています。しかしそれ以外にも主要症状の多関節痛にあげられている、肩関節痛や手の甲の痛みの手関節痛、肘から小指にかけての痺れの出る肘部管症候群がアミロイドの沈着によって起こることは意外と知られていません。

今後は透析アミロイドーシスの疾患について、どのような症状があり、どのような治療が行われているか解説していきたいと思います。次回は透析アミロイドーシスの代表的疾患である手根管症候群について説明いたします。

長い間放置しておくと...

手根管症候群を長い間放置しておくと、親指の付け根の部分の筋肉の母指球筋が萎縮してきて、写真のようになります。このような状態になると、握力もかなり低下します。握力の簡単なチェックの方法はペットボトルの蓋が片手で開けられるかどうかで判定できます。握力が10kg以下になるとペットボトルの蓋をあけるのがまず不可能です。手の筋肉は足の筋肉に比べ筋肉量が少ないですから、一度筋力の低下が起きるとそれを取り戻すのに非常に時間がかかります。ペットボトルを開けるのに不自由を感じたら、しびれがなくとも、手根管症候群の検査を受けることをおすすめします。

透析患者さんのアミロイドは時間の経過とともに沈着が蓄積していくので、手根管症候群の症状は悪化することはあっても、自然に軽快することがないのが、一般の患者さんの手根管症候群と大きく異なります。そのためステロイドの手根管内への注射やビタミンB12や消炎鎮痛剤の内服は透析患者さんの手根管症候群では一時的な効果はあっても永続的な効果は期待できません。
以上の点より筆者の施設では、透析患者さんの手根管症候群に対しては診断が確定した場合、保存的な治療は施行せず、手術を第一選択としています。次回は手根管症候群の手術について解説したいと思います。

一口メモ

透析施設の先生からよく受ける質問で、「どのような患者さんが手根管症候群の手術が必要ですか」というものです。基本的には透析患者さんの手根管症候群は進行性なので、手指がしびれて不快だ、夜間に手指のしびれで目が覚める、透析中に手指のしびれがつらい等の日常生活にさしさわりがある自覚症状のある時は手術が必要です。またよく見落とされるのが握力低下の症状です。手根管症候群の握力低下はゆっくり進行するので、患者さんがその状態に適応しているようです。ひとつの目安はペットボトルの蓋を片手で開けられるかどうかです。これができなければ、筋力低下はかなり進行していますので、軽いしびれでも手術が必要です。

このページの先頭へ戻る